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東京地方裁判所 昭和48年(行ウ)143号 判決 1975年12月24日

原告

下野順一郎

原告

中村凉三

被告

阿部行蔵

右訴訟代理人

高橋一成

外一名

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

1  被告は立川市に対し、三、一五〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年一一月から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告らは、いずれも東京都立川市の住民であり、被告は、同市の市長の職にある者である。

2(一)  被告は、立川市長在任中である昭和四八年一〇月八日、後記(二)の応訴費用として、弁護士小町愈一に対する支払にあてるため、立川市の公金から三、一五〇、〇〇〇円を支出した。

(二)  被告の右金員の支出は、これよりさき、昭和四八年四月二五日原告らが立川市に代位して、立川市長としての被告他五名を相手として提起した東京地方裁判所昭和四八年(行ウ)第六五号違法行為差止等請求住民訴訟事件(以下六五号事件という。)につき、その応訴費用としてなされたものであるが、右六五号事件における原告らの請求の内容は概ね次のとおりである。

(1) 立川市長としての被告(以下この意味での被告をさすときは単に立川市長ともいう。)及び同市下水道課長加藤三雄(以下この意味では単に下水道課長という。)に対する同市所在の立川基地への水洗汚物処理役務提供等の差止請求(請求の趣旨第一項)

(2) 立川市の国及びアメリカ合衆国に対する前記水洗汚物処理役務提供義務等の不存在確認請求(同第二項)

(3) 個人としての被告(以下この意味での被告をさすときは単に阿部ともいう。)及び加藤三雄(以下この意味では単に加藤という。)他二名に対する立川市に代位して行むう損害賠償等請求(同第三項ないし第五項)

3  しかしながら、被告が市長として前記三、一五〇、〇〇〇円の公金を支出したことは以下の理由により不当、違法なものといわなければならない。

(一) 先ず、前記(二)(1)の六五号事件における行為差止請求住民訴訟の被告立川市長阿部行蔵というのは、純然たる個人であつて、立川市における公的地位とは何ら関係のないものである。

なるほど、同事件における被告としては、「立川市長阿部行蔵」と謳つてはいるが、右にいう「立川市長」としての被告というのは、普通地方公共団体たる立川市を対外的に代表する機関としての立川市長を意味するものではなく、立川市の内部において立川市の下水道業務の執行に関し、その職務権限の行使のあり方につき、違法の嫌疑を受けている立川市長の職にある阿部行蔵個人をさすものである。

けだし、住民訴訟にあつては、普通地方公共団体の執行機関又は職員の地位にある者の行為の是非が当該地方公共団体を代位する住民によつて争われる構造をとるのであるから、被告となるべき執行機関を地方公共団体の公的機関の意味に解するならば、いわば、当該地方公共団体が当該団体を代表する執行機関と争うこととなり、形式上は、当該地方公共団体が自己自身を訴え、かつ、訴えられるという不合理な結果を容認せざるをえないものというべく、したがつて、住民訴訟における執行機関たる被告は、当該地方公共団体に代位した住民である原告との関係においては、機関又は職員の地位にある「個人」が応訴すると解する他はないのである。

してみれば、単なる個人の地位にしかない六五号事件の被告「立川市長阿部行蔵」の応訴活動のために立川市の公金を支出することは許されないといわなければならない。

(二) 仮に(一)の主張が理由がないとしても被告が市長として支出した前記三、一五〇、〇〇〇円の公金は、六五号事件の被告である立川市長、下水道課長、阿部及び加藤ら四名共通の応訴費用として、右四名の訴訟代理人である弁護士小町愈一他二名の応訴活動にあてるため支出されたものであるところ、以下の理由により、違法な支出というべきである。

(1) 地方自治法二四二条の二第一項一号所定の「当該執行機関又は職員に対する当該行為の全部又は一部の差止め」請求住民訴訟において、当該執行機関等のためその所属地方公共団体が負担すべき応訴費用は、当該住民訴訟において、その差止を求められた行為が正当な職務行為であるとして、当該執行機関等の勝訴判決が確定した以後において、初めてその勝訴判決を得るために必要最少限と認定し得る合理的な金額の範囲に限り、当該地方公共団体において負担することが許されるものと解すべきであり、右以外の場合において被告の応訴費用を公費で負担することは違法というべきである。

ところで、六五号事件における前記2(二)(1)の行為差止請求は、地方自治法二四二条の二第一項一号所定の住民訴訟であるところ、被告が立川市長として、同市の公金から三、一五〇、〇〇〇円を支出したのは、右事件の第一回口頭弁論期日である昭和四八年一〇月九日の前日であること、また、支出金額も合理的な範囲内のものとは到底いえない過大なものであることからいつて、被告の本件公金の支出が違法であることは明らかである。

(2) 地方自治法二四二条の二第一項四号所定の当該職員(個人)に対する損害賠償請求等住民訴訟における当該職員の応訴費用は、当該職員が個人で負担すべきものであつて、当該職員所属の地方公共団体がその応訴費用を負担したり補助すべき根拠は全くない。行政実例も右の場合において公費負担はできないと解している。

ところで、六五号事件における前記2(二)(3)の阿部及び加藤に対する損害賠償請求は、個人としての当該職員に対する住民訴訟であるから、その応訴費用は阿部及び加藤ら各自が負担すべきことは当然であり、立川市が公金から支出することは、明らかに違法である。

したがつて仮に、前記立川市長及び下水道課長に対する行為差止請求住民訴訟の応訴費用につき、立川市においてこれを負担することが違法でないとしても、立川市長及び下水道課長のための応訴費用の支出は、とりもなおさず、阿部及び加藤ら個人を含む四名の前記住民訴訟追行上の共同の利益のために支弁されたものといわざるをえないこと、まして、六五号事件において被告側が敗訴した場合、阿部や加藤が巨額の損害賠償債務を負担することとなる不利益の大きさを考えるならば、右応訴費用の支出は、立川市や下水道らの利益というよりも、却つて阿部及び加藤らの訴訟追行を主たる目的としてなされたものというほかはないこと等を併せ考えると、結局応訴費用三、一五〇、〇〇〇円の支出は、その全額が違法であるというべきである。

(三) 被告は、立川市長として、六五号事件につき小町弁護士らに訴訟委任をし、その報酬契約(以下本件報酬契約という。)を締結するにあたり、小町弁護士の所属する小町法律事務所を法人であると誤信し、同事務所の全ての弁護士の弁護活動を受けることができるものとして、同事務所と本件報酬契約を締結したものである。しかし、弁護士法二〇条一項の規定する法律事務所には法人格がないのみならず、小町弁護士には同事務所の他の弁護士を代表して報酬契約を締結すべき権限はないのであるから、結局、被告には法律行為の要素に錯誤があつたことに帰し、右報酬契約は無効というべきである。したがつて、無効な契約を前提とする本件公金の支出は違法である。

4  そこで原告らは、昭和四八年九月二一日、立川市監査委員に対し、前記公金の支出につきその差止措置を求め監査請求ををしたが、同委員は、同年一〇月六日、原告らの右請求を棄却した。

5  立川市は、被告の故意又は重大な過失に基づく前記三、一五〇、〇〇〇円の違法な公金の支出により、同額の損害を被つている。

6  よつて、原告らは立川市に代位して、被告に対し、右損害金三、一五〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四八年一一月九日から右支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を立川市に支払うことを求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因1及び同2(一)、(二)の事実は認める。

2  同3(一)のうち、行為差止請求の被告が阿部行蔵個人であるとの主張は争う。六五号事件において行為差止請求の訴追を受けている立川市長としての被告は、立川市の執行機関そのものであり、同じく同市下水道課長は立川市の執行機関の補助助機関としての職員である。

3  同3(二)のうち、小町弁護士らが立川市長ら四名の共通の訴訟代理人であることは認めるが、立川市の公金から支出された応訴費用が右四名共通のものであるという点は否認し、右公金の支出が違法であるとの(二)(1)、(2)の主張は争う。ただし、(二)(2)において主張するような行政実例があることは認める。

4  同3(三)の原告らの主張は争う。

5  同4の事実は認める。

6  同5の事実は否認する。

三、被告の主張

1  原告らは、六五号事件について立川市が公金から支出した応訴費用三、一五〇、〇〇〇円が、同事件の被告前記四名のために支出されたものとして、これが違法であると主張しているが、右応訴費用は同事件の四名のために支出されたものではなく、同事件における被告立川市長及び同下水道課長に対する違法行為差止請求事件の応訴についてのみ、支払われたものである。同事件の阿部及び加藤各個人のために支出されたものではない。右各個人らの訴訟も費用はかかるが、これは代理人において費用負担を免除したものである。

2  地方公共団体の執行機関又はその職員が、その職務を行なうについて、経費を要する時は、当該地方公共団体がこれを負担すべきであることは当然のことである(地方財政法九条)。

ところで、原告らは六五号事件において立川市長としての被告がその職務として、立川市が昭和四〇年六月二五日アメリカ合衆国との間で締結した「水洗汚物処理サービス契約」に基づいて、立川市の下水道及び下水処理施設をアメリカ合衆国軍隊等に使用させていることについて、右契約の無効を主張して、その差止を求めているのである。

そして右契約の履行は、当然に立川市長としての職務行為であるから、被告は同訴訟においても立川市長として応訴せざるを得ず、これもまたその職務行為というべきものである。したがつて、これに要する訴訟費用等はすべて立川市が負担すべきこともまた当然である。

四、被告の主張に対する原告らの反論

1  本件公金の支出は、六五号事件の被告である立川市長ら前記四名の応訴費用としてなされたものである。そのことは、被告が、昭和四八年九月一八日の立川市議会本会議において、六五号事件の被告が立川市であるという事実に反する答弁をくり返したり、また、同日の立川市議会員協議会において、右事件の被告である立川市長ら前記四名のために、その応訴費用として、市の予算の予備費から三、一五〇、〇〇〇円を支出する意思を表明していることからも明らかである。

2  被告は、右公金の支出が立川市長及び下水道課長両名のみの応訴費用としてなされたものであり、阿部及び加藤の応訴費用は、代理人において免除したと主張する。しかし免除は本訴訟のためになされた仮装のものであつて、右は事実に反するものである。また、仮に阿部及び加藤の応訴費用が免除された事実があるとしても、立川市長ら前記四名は、いずれも小町弁護士らに訴訟委任をして、同弁護士らは右四名の共通の訴訟代理人として応訴活動を行なつているのであるから、立川市の公金から三、一五〇、〇〇〇円の支払が同弁護士になされているからこそ、阿部及び加藤は費用を全く負担することなく無料で同弁護士らの応訴活動の利益を受けることができると解せられる。そうとするとすれば、社会通念上、立川市の公金からの三、一五〇、〇〇〇円は、阿部及び加藤の応訴費用として支出されているということができるのであつて、被告の主張は理由がない。

第三  証拠<略>

理由

一請求原因1及び2(一)、(二)並びに4の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二原告らは、被告が立川市長として六五号事件における応訴費用として公金から三、一五〇、〇〇〇円を支出したのは違法であると主張するので、順次判断する。

1  先ず、原告らの主張する第一の違法事由は、六五号事件における行為差止訴訟の被告立川市長というのは、その実質は個人であるから、個人の応訴費用を賄うために公金を支出することは許されないというにある。

地方自治法二四二条の二、第一項一号所定の行為差止請求訴訟は、地方公共団体の機関または職員の違法な行為の全部または一部を現実に行なわせないために当該違法行為を事前に停止・抑制することを目的とする住民訴訟であつて、当該訴訟の被告となるべき者は、同法条に規定するように、差止請求の対象たる当該行為をなすべき権限を有する当該地方公共団体の執行機関又はその補助機関としての職員であることは明らかである。なるほど、当該執行機関又は職員は、当該地方公共団体の住民によつて、当該行為の是非が争われている地位にあることは確かであるが、そのことから直ちに当該執行機関又は職員が行為差止請求訴訟における被告となりえないというのは原告らの独断である。もし、原告らの主張するように、当該被告の実質が個人であるとするなら、当該執行機関又は職員の違法について当該職員たる個人に対してその停止・抑制を請求していることとなるが、そのような請求を認めてみても法律上は無意味といわざるをえないのである。

よつて、原告らの右主張は失当として採ることができない。

2  原告らは、次に、六五号事件の被告立川市長及び下水道課長の応訴費用を立川市が負担しうるものとしても、当該行為差止請求住民訴訟において、差止請求の対象たる当該行為が正当な職務であるとの判決が確定した後、しかも右判決を得るために必要最少限と認められる金額の範囲でなければ、右応訴費用を支出することは許されないという。

当該地方公共団体の執行機関又は職員を被告とする住民訴訟が提起された場合、被告の訴訟費用(弁護士費用等を含む。)を当該地方公共団体が負担することができるかどうかについては、地方自治法に何らの規定もないので、解釈の分れうるところである。

そこで検討するに、地方自治法二四二条の二第一項一号所定の住民訴訟において被告とされるのは、当該地方公共団体の執行機関そのもの又はその執行機関の補助機関としての職員であつて、職員個人ではないことは、すでに説示したとおりであり、そしてこれらの機関の行なつた当該行為等に関し、その事務執行の正当性が右住民訴訟で争われているものと解せられるのである。そうとすれば、これら、住民訴訟が、原告たる住民の側から着目していわゆる代表訴訟としての性格を有することを否定しえないにしても、右訴訟において被告たる当該地方公共団体の執行機関が、当該行為の正当性について積極的に主張、立証すべく応訴活動を行なうことはむしろ執行機関として当然なすべき職務行為の一環ともみることができるのである(けだし、執行機関が訴訟において当該行為の正当性につき何らの訴訟活動もせず拱手傍観することは機関の性格からいつても背理だからである。)。

もつとも、訴訟の対象となつている当該行為等そのものが、当該執行機関等の故意又は重大な過失により法令又は条例の規定もしくは議会の議決に違反し、あるいは、著しい権限のゆ越又は権限の濫用に基づく場合等においては、もはや当該行為等は執行機関としての行為たる評価を受けられないものというべきであるから、このような特別の場合を除けば、被告である当該執行機関関等の応訴費用を当該地方公共団体が負担することは何ら違法ではないと解すべきである。

してみれば、右応訴費用は、当該地方公共団体においては、他の財政支出項目と同様その支出の時期及び範囲について、法令又は条例の規定もしくは議会の議決に違反しないかぎり、支出命令権者の合目的な裁量に委ねられていると解すべきであつて、裁量権の濫用にわたらないかぎり、その支出につき原告主張のような時期等の制約があるものとは解せられない。

よつて、右の点に関する原告らの主張は理由がない。

3  原告らは、六五号事件における被告阿部及び同加藤に対する損害賠償請求住民訴訟においては、右両名は個人としての立場で訴求されているのであるから、これらの者の応訴費用については立川市がこれを負担することができないものと解すべきところ、立川市が六五号事件における被告立川市長及び同下水道課長らの応訴費用として支出した三、一五〇、〇〇〇円は、右金員支出の経緯、六五号事件において各被告が訴訟追行上うけるべき利益等を勘案するならば、むしろ被告阿部及び同加藤ら個人のために支出されたと等しく(仮にそうでないとしても、右応訴費用中には、被告立川市長及び下水道課長らの応訴のほかに被告阿部ら個人のために支出された部分も包含されているとみることができるばかりでなく、支出金額も過大であり)、したがつて、右応訴費用の支出は違法であると主張する。

そこで案ずるに、地方自治法二四二条の二第一項四号所定のいわゆる代位訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員の違法な行為又は違法に怠る事実によつて発生した損害を回復するために、本来当該地方公共団体が右違法行為をした執行機関の地位にある個人又は職員たる個人に対してなすべき損害賠償等の請求を住民が代位して行なつているにすぎないのであるから、右請求を受ける職員等は個人としての立場で応訴活動をなすものである。

もつとも右請求訴訟において、当該職員のなした職務行為の当否そのものが事件の核心的争点となつている場合には、当該職員の被告としての地位は、同法二四二条の二第一項一号ないし三号所定の住民訴訟における被告の地位と実質的に相異がないものとみることができる。

そうだとすると、同条の二第一項四号所定の住民訴訟における被告がなす応訴活動には純然たる人としてなす面と、当該職員の職務活動の一環としてなす面の両方の場合のあることが考えられ、当該地方公共団体が右被告の応訴費用を負担することが全ての場合に許されないとばかりは解しえない余地がある。

しかしながら、右の点につきどのように解するにしても、本件に顕われた全証拠を検討するも、被告が立川市長として、六五号事件における被告阿部、同加藤ら個人のために応訴費用を同市の公金から支出したとの事実を認めるに足りない。

かえつて、<証拠>を総合すると以下の事実が認められる。

(一)  六五号事件が、昭和四八年四月二五日付で提訴され、右事件の訴状副本が立川市役所内の立川市長及び下水道課長宛て送達されたところ、訴訟に関する事務の所管課長である庶務課長村瀬文雄は関係職員らと右事件に対する措置についての協議を行ない、行政実例等を参照しつつ、六五号事件における立川市長及び下水道課長に対する請求内容を検討した結果、市長等の応訴費用は市の公金から支出しうること、また、弁護士への訴訟委任等一連の応訴手続も市において処理することに意見がまとまつた。

(二)  そこで、村瀬課長は、同年九月ころ、立川市の顧問弁護士である小町愈一弁護士に面会し、六五号事件の訴訟委任の手続及び応訴の弁護士費用について協議した結果、右訴訟事件の被告とされている立川市長及び下水道課長両名の応訴に関し、小町愈一法律事務所所属の小町愈一、高橋一成、長倉澄弁護士らに訴訟委任することとなつたので、その旨の立川市長の決裁を経たのち、訴訟委任状を作成のうえ、右三弁護士との間に訴訟委任契約を締結した。

(三)  そして、立川市長ら両名の応訴の弁護士費用については、同弁護士らと協議の結果、同市長らが六五号事件訴訟において、立川基地に対して提供する水洗汚物処理役務等の差止を求められている関係上、右役務提供の前提となる立川市とアメリカ合衆国との間に昭和四〇年六月二五日締結された水洗汚物処理サービス契約を立川市が解消した場合、同市がアメリカ合衆国から受預済の九〇、〇〇〇、〇〇〇円を同国に返還しなければならないこととなるので、右金額を基礎として、日本弁護士連合会の報酬基準規程を参考にその基準の範囲内で着手金を三、〇〇〇、〇〇〇円とし、さらに当初の実費として一五〇、〇〇〇円を加算した合計額三、一五〇、〇〇〇円を立川市が同弁護士らに支払うことで合意に達した。

(四)  その後、昭和四八年九月一八日開催の市議会全員協議会において、立川市長は、六五号事件における同市長ら両名の応訴費用として三、一五〇、〇〇〇円を市の公金から支出する旨報告し、その了承を得たうえ、所定の財務上の手続を経て、同年一〇月八日、右金額が小町弁護士らに対して支払われた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。<証拠>も右認定を左右するに足りない。

右認定事実によれば、被告が市長としてなした本件公金の支出が、六五号事件における行為差止請求訴訟の被告である立川市長及び下水道課長両名の応訴費用を目的とするものであることは明らかであつて、弁護士らとの間に右応訴費用に関する協議をなすに際し、同市長が、六五号事件において共同被告とされている同市の職員個人としての阿部及び加藤らの応訴費用についても考慮したうえ(すなわち、右応訴費用中には、右阿部及び加藤ら個人の分も包含されているとの趣旨のもとに)、その折衝をしたとの事情は何らこれを認めえないといわざるをえない。

のみならず、支出にかかる応訴費用の金額も、前認定のとおり日本弁護士連合会の報酬等基準規定の範囲内であること、また、右金額の算定の基礎とされた前記九〇、〇〇〇、〇〇〇円という金額も、前記認定事実関係のもとでは格別不相当ともいえないこと等からすれば、原告らが主張するように、本件応訴費用が委任事件の性質、態様等からみて、違法というべきほど過大な額とは到底いえないと解さざるをえない。

もつとも、小町愈一ら三弁護士が、六五号事件において、被告立川市長及び同下水道課長両名だけでなく、同市職員個人としての被告阿部及び同加藤ら四名の共通の訴訟代理人であること、同弁護士らが右阿部及び加藤からは応訴費用を全く受取つていないことは当事者間に争いのないところであり、弁論の全趣旨によれば、同弁護士らが実際上も右被告ら四名のために応訴活動をしていることが認められる。

そうだとすると、同弁護士らが応訴費用も受取らずに(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一号証によれば、同弁護士らは、被告阿部、同加藤らに対し応訴費用一切を免除したことを認めうる。)同被告ら両名のために訴訟活動をしているのは、まさに、同被告らがその地位にある立川市長及び下水道課長として、六五号事件の応訴のため右三弁護士らとの間に訴訟委任契約及び本件報酬契約を締結しているが故に、あらためて、被告阿部及び同加藤らとの間に別個の契約を締結する必要がなかつたのではないかと推認しえられないではなく、したがつて、右推認が成り立ちうるとすれば、右三弁護士らが立川市から受領した六五号事件に関する前記三、一五〇、〇〇〇円の応訴費用の中には、右被告阿部及び同加藤らの同事件に関する応訴費用が事実上包含されているのではないかとの見方もできないこともないということになるのである。

しかしながら、右見解は以下の理由により当らない。

第一に、立川市長は前記三弁護士らとの間に六五号事件に関する訴訟委任契約及び本件報酬契約を締結するに際し、契約当事者を立川市長及び下水道課長と阿部個人及び加藤個人との間に明確な区別をし、契約内容も個別的に明らかにしているので、両契約の間には混同を来すおそれが全くない。

(立川市長の側で、契約の締結に際し示した前記のような配慮は、当事者双方争いのない原告主張の行政実例では、個人を被告とする住民訴訟に関する応訴費用は当該地方公共団体がこれを負担することは相当でないとしていることに基づくものと推認されうるが、もし、右のような配慮をしなければ、却つて、立川市と小町弁護士らとの間に結ばれた契約は、阿部個人及び加藤個人らに対する応訴費用を立川市が負担するとの趣旨を含むものかどうかにつき疑義が生ずることとなるであろうことに思いをいたすならば、極めて至当な配慮であつたともいいうるのである。)

第二に、前記応訴費用三、一五〇、〇〇〇円は、立川市長及び下水道課長らのためだけの応訴費用として考えてみても、決して多額とはいえず、これを原告らの主張するように、六五号事件の被告四名分の応訴費用とみるのはいかにも不相当の感を免れない。

(殊に、阿部個人及び加藤個人らについては、損害賠償の請求がなされているのであるから、応訴費用の算定基準として当然右損害額が考慮されるべきところ、もし、そのような考慮をするならば、右被告ら四名分の応訴費用としては、右損害賠償額からみて如何に少なく見積つたとしても、到底前記約定金額にはなりえないと思われるのである。)

第三に、六五号事件における小町弁護士らの有償による応訴活動により、被告阿部及び同加藤らが個人として、無償で小町弁護士らの右応訴活動による訴訟追行上の利益を享受しうることは確かであり、かつ、右は、本件公金の支出と無関係であるとはいえないにしても、前記甲第一号証によると、六五号事件の前記四名に対する各請求に共通する争点は、ひつきよう、立川基地に対する水洗汚物処理役務等の提供が違法であるかということにあると認められるから、立川市長及び下水道課長らに対する当該行為差止請求訴訟における応訴活動による結果が、被告阿部及び同加藤ら個人に事実上の利益としてもたらされるという関係があるにすぎないのであつて、右のことから立川市における本件公金の支出が前記四名の応訴費用としてなされたということもできない。

(さらに、付言するならば、六五号事件においては、立川市長及び下水道課長らに対する当該行為差止請求訴訟の帰すうが阿部らにとつても最も関心事であること、換言すれば、右差止請求訴訟が立川市長に有利に進められるならば、それだけで、損害賠償請求訴訟は意味を失うことは、前記各請求相互の関係からみて明らかであり、したがつて、被告阿部個人らに対する損害賠償請求事件について小町弁護士らが同被告らとの間に訴訟委任を結びながら、なお応訴費用につきこれを免除したことは叙上の訴訟関係に照らせばあながち弁護士活動として不自然な契約とも考えられない。)

以上の理由により、被告が立川市長として、六五号事件における被告阿部及び同加藤ら個人の応訴費用についてこれを公金から支出したとする原告らの主張は理由がないから失当として排斥すべきである。

4  原告らは、さらに本件報酬契約には立川市長において法律行為の要素に錯誤があるから無効であると主張する。しかし、立川市と小町弁護士らとの間に右契約が締結さた経緯は前記認定のとおりであつて、弁論の全趣旨によれば、右契約の一方当事者である小町弁護士が、小町法律事務所に所属する全弁護士を代理して六五号事件についての訴訟委任契約及び応訴費用等報酬契約を締結すべき包括的な権限を有していたことは明らかであつて、本件報酬契約に原告らの主張するような要素の錯誤があつたことは認められない。したがつて、右契約の無効を前提に、本件公金の支出の違法をいう原告らの主張は、その前提を欠き失当である。

三以上の次第で、原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(内藤正久 山下薫 三輪和雄)

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